| タイトル |
日 時 |
サダト大統領の勇気
沖縄が返還され沖縄の人と出会う時代が来た頃、学園紛争は続いていた。
三島由紀夫が新宿騒乱事件の時、駅ビルの上階の窓越しから見ていた。その時私もその真下の群集・野次馬のなかにいた。全国からあらゆる集団、全学連の派閥、中革、革マル派、高校生の集団までが全国から新宿に集結してきた。その熱気と勢いを三島は見ていた。三島の危機感は、この時自衛隊の発動をすべきだったと、後の市谷のクーデターの時の訴えとなっていた。 私は三島由紀夫に期待をしていたが、その期待は当時の左翼運動への反発からきていた。其れは...
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2010/12/07 06:10 |
日出麿と囲碁
茲に囲碁についての貴重な日出麿の考えがある。
昭和5年3月27日の日出麿の記録「覚書」(おほもと32年12月号より)
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2010/11/21 18:46 |
老子の霊波
茲に老子が生きている。
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2010/11/21 18:24 |
坪内寿夫
上杉謙信が周辺の侵略される国の救済に人生を捧げたように産業の時代に坪内寿夫氏は様々な業種の潰れる会社を救助再建された。再建王として大山梅雄氏と共に偉大な足跡をのこされた。この様な経営者の時代に生きた社員は幸運だった。
義農神社の近くで生まれ育ったことが坪内寿夫氏に大きな影響を与えた。生涯を義農精神に生きたことは次の言葉が証明している。
「私の故郷の家の近くに、「義農作兵衛」という人を祀った小さな社がある。
私はこの義農作兵衛の耐える心、正しい犠牲心に感動した。お宮の再建に寄附をして...
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2008/03/18 09:42 |
義農作兵衛
私が義農作兵衛のことを知ったのは高橋正雄氏の「道を求めて」を読んだ時である。以下高橋正雄先生の貴重な記録である。
「作兵衛は、今から、百九十年も、前のこと、この藩、大飢饉にて、三千四百余人、餓死し、牛馬も、三千幾百、たおれたことがあった。その時、何も、食べるものが、なくなり、この上は、麦種を食べれば、しばしの命を、つなげるが、そのほかには、何もないということになった。ほかの者は、それを、食べたらと、いうたが、作兵衛は、自分は、これまで、自分の命を、つなぐために、仕事をして、来たのではない。...
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2008/01/20 06:27 |
鍋冠日親
宗忠教祖に次の歌がある。
天地の其の日の中に住む時は
火にさへやけず水におぼれず
誠には剣も立たず矢も立たず
火にさえ焼けず水に溺れず
此歌が真実なのは鍋冠日親などの奇跡が証明している。日蓮上人も其の例であろう。誠の信念はその様な力を持つ。鍋冠日親は様々な拷問を受けたがすべて乗り越えた。
「ある時、日親を浴室に入れて戸を閉じて、三時ばかり火をたき続け、もう死んだに違いないと戸を開いてみれば、依然として小声に題目を唱えていた。
ある時、まっかに焼い...
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2007/12/26 18:33 |
久保山愛吉
久保山愛吉さんは第五福竜丸の船長で水爆実験の犠牲となった世界で最初の人であるが、日本が原爆投下され原爆の悲劇苦悩を体験し続けていることを、アメリカは隠し続けてきたが、この体験から産まれた詩・文学は消すことは出来ない。原爆詩集は世界唯一の投下の体験で永遠に読まれ続けなければならない。
ある時中学生の少女がおかしくなったので連れられ来たことがあった。私の前でとっついている魂が叫び出した。「熱い、熱い、熱い、」と怒鳴り出したのである。聞いてみると広島で死んだ母親で子供と旦那と共に死んだといった。...
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2007/12/05 06:16 |
権田直助
権田直助は赤報隊の薩摩邸に入り相楽総三の下に動いたようにみえるが実際は革命を鼓舞るような精神的柱みたいな働をするために招かれた平田門下の古医学者であるような気がする。以下、すべて権田直助集より引用します。
彼が平田家に入門した、動機は、単に国学のためでなく、古医道を復興せんとする志深く、それには古道を研究して古医道の淵源を明らかにしたい意志を以て入門した。28歳であった。
「自分は素よりその志はあったが、この日本の古医道は千有余年も廃絶して居るのであるから、今それを明らかにせんとするの...
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2007/11/16 20:11 |
諸葛孔明
明治陛下の先生であった元田永孚先生が次の如く書いている。
『 孔明
龍の臥す岡のしら雪ふみわけて
草のいほりを訪ふひとはたれ
と詠じ給ふに至ては、劉備の、孔明を求めし心切なるを希望し給うて、聖躬、賢を求むるの誠を以て親ら劉備に比し給ふ
御心、言外に靄然たり。』(元田先生進講緑p50)
此歌は、劉備の如く陛下自身も賢者を求めてどこへでもゆこうとの決意を示されたものであろう。道を求めるのも同じである。
御心、言外に靄然たり。即ち明白である。
陛下は劉備...
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2007/11/14 07:52 |
ラーマクリシュナの福音
ラーマクリシュナは言った。
『シュリ・クリシュナはアルジュナに言っておいでだ、
「友よ、八大神通力のなかのたとえ一つでも持っている人を見たら、その人は決して私をさとることはできないと知れ」と。
力は高慢を生み、兎の毛ほどでも高慢があれば、神をさとることはできないからだ。』(ラーマクリシュナの福音p642)
『神のみ実在、他のいっさいのものは幻影であることを知らなければ、神への真実の愛を持つことはできない。この世は束の間の存在、ほんの二日しかもたない、その創造主だけが...
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2007/11/13 11:00 |
職業について
ラーマクリシュナが言っていたことは、医者、弁護士は霊的向上が難しいということである。
「私は、医者たちが持ってきたものはどうしてもたべることができない。人間の苦しみで商売をしている人びとのことを言うのだよ。彼らの金は、血と膿だ」(ラーマクリシュナの福音p1052)
此世の職業で一番汚れたた人間が医者弁護士である。汚れた波長に常に影響をうけ積もっている故に悲惨な事件ばかり子孫が起すのである。本人も大体が汚れにやられている。私の知っている医者がある時云った。「何でだろう、知っている医者が友人が...
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2007/11/13 01:49 |
道は満なり
「学者も芸術家も道徳家も、釈迦やキリストや、宗忠様の前には頭が上らないのであります。真善美の価値の統合、否価値を包越した聖を実現した聖人こそ、神の尊さを我々に示した人で、永遠に人類の光明となるものであり、真に開運せる人であります。」(開運の書p73-4田中全機著)
真の開運が、私の云う進化である。進化した人になるには霊化しなければならない。霊化するには霊そのものに迫らなければならない。霊から離れないことが努力工夫である。ところが世の中は宗教が組織を作った瞬間から勢力争いに巻き込まれる。そして...
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2007/11/12 15:39 |
空転する私
私が崇拝の気持ちを以て読んだ最初の人は小林秀雄であった。15歳頃だった。私はその頃生長の家の本に出会いのめり込み「生命の実相」はバイブルであった。谷口先生に憧れ大晦日と正月は先生を見るために本部へ行った。谷口先生が亡くなられた時、浅野先生は言った。「谷口先生も死ぬのか」と。死なない存在の如く神様のように考えて居られた。浅野先生は中学の時一級下にいた小林秀雄を其のころから知っていた。其の頃から輝いていたと言っていた。生まれながらの魅力であろうと言っていた。亦浅野先生は生長の家の青年向け雑誌「理想...
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2007/11/10 07:43 |
高橋空山の「虚空」
高橋空山が読売社主正力松太郎の引退式の時記念に「虚空」を吹いたのを絶対録音させない空山に許可を得て、唯一録音したテープを柞木田龍善氏が持っていた。ある時正月伺うと、今日は是を聞かせるといって聞かせてくれた。高橋空山は介山の大菩薩峠に出てくる尺八の名人であり、伝説の人であるから、是を聞きたいのは棟方志功も同じであり、其れを聞いて感動したのか、ペンネームで出した「微笑仏」(南部龍三著)の見事な装幀を手がけた棟方志功はそのお礼に其テープの録音を求めたが龍善は断った。一切世に出さないと云う約束を守ってい...
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2007/11/08 16:23 |
神人黒住宗忠の引力
『教祖に御禁厭を戴き候とき、いつも教祖の御腹中の御景況御模様を恐れ乍ら窺ひ奉るに、血気水の廻り活動する事不同なく、平等爽快順布するものと見えて、胸さきより下部臍下をさして、小鳴の音して、滞気腐水とも成るべき物、ごろごろふるふると様の音かすかにきこえて、下流する音透間なし。其下流する度毎、体中爽快かぎりなかるべし。是れ即ち中府に鎮魂する陽団の引力によって、血気水順布流通する所なり。体中の御状況かくの如し、況んや天地に流行し 天照大御神一体の御心なるをや。我れふと此所に心付てより、禁厭を戴く度毎、忝...
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2007/11/08 14:36 |
愛新覚羅慧生さんの悲しみ
天城山心中で有名な、愛新覚羅慧生さんも死後霧の中に眠っているような状態だった。30年位前だったが、ある女史が慧生さんを呼び出した。その時私が慧生さんに聞いたところによると、天城山心中は大久保武道くんのピストルの「暴発」だと言った。「学習院では多くの人々から中国と日本の混血であるということでの差別意識と差別を受けて悩んでいた私を一番理解してくれたのが武道くんだった」、と慧生さんは私に告げた。死後22、3年たっていたがもう記憶がはっきりしなかったので色々な質問に答えられなかった。咽喉が渇くというの...
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2007/11/07 15:24 |
霊人小泉大志命と龍善
小泉大志命に柞木田龍善が親しく神武参剣道場に出入りしていた頃藤波官房長官や角川春樹氏が熱心な信者として通っていた。龍善は一番大切な龍善の師匠である中里介山の原稿を小泉大志に奉納した。小泉大志はおお先生と呼ばれていた。しかし龍善にとって介山は唯一の師匠であり、大志命を大先生とは云えなかった。最初、龍善が行った時、汚れが激しいから近くにある「天の岩戸」で一週間修行して来いといわれ、やっていたら年をとった竜神が現れたと云っていた。其頃仲良くやっていたが、やがて介山の解釈に龍善と大志の対立がおきた。大...
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2007/11/07 11:14 |
刹那生滅について
『一弾指のあいだに65の刹那生滅すといへども、みづからくらきによりて、いまだしらざるなり。すべて一日夜があいだに、64億9万9千9百80の刹那ありて五蘊生滅するといへども、しらざるなり。あわれむべし、われ生滅すといへども、みづからしらざること。この刹那生滅の量、たゞ仏世尊ならびに舎利弗とのみしらせたまふ。余聖おほかれども、ひとりもしるところにあらざるなり。この刹那生滅の道理によりて、衆生すなわち善悪の業をつくる、また刹那生滅の道理によりて、衆生発心得道す。』(正法眼蔵4巻出家功徳p70-71)
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2007/11/06 14:25 |
珠光に帰れ
千利休が俗人であることは、柳宗悦がかいている。
「彼は人格の浄かった人、深かった人とは到底いえぬ。ちょっと今でいえば魯山人に輪をかけたような人間であったろう。なかなかの遣り手ではあるが、結局は、俗気の人で、禅の心境などからは随分かけ離れた人間であろう」 (民芸四十年p292柳宗悦)
此見方は利休の時代から言われてきた。元々権力に茶道を利用し失敗しただけのことを、芸術家の美として捉えたところに岡倉天心の誤解があった。茶道とは「仏法も茶の湯の中にあり」と教えをうけ、僧侶がさとりを得るた...
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2007/11/06 10:19 |
影山正治氏を廻って
影山正治氏の「求道語録」にこう書いてある。
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2007/10/28 09:51 |
神仙の魂乃木希典
乃木希典大将の歴史が明治を象徴している。世界史に突入した日本の歴史が露西亜との覇権争いを中国や朝鮮半島で行われていた。乃木は16歳の時親戚玉木文之進のところへ入った。、松下村塾の創始者である玉木文之進の兄の子が吉田松陰である。
玉木文之進は乃木坂の乃木神社内正面の右側に祭られている。
乃木大将は明治の歴史を職業軍人として生きたから、軍人の使命は勝つことにあった。政治は政治家が決め仕事として戦争があれば勝つのが仕事である。仕事に良い悪いは云えない。しかし旅順の203高地を落とせという命令は国家...
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2007/10/26 21:19 |
奴隷の思想・大衆文学という差別
「大菩薩峠側面史」で柞木田龍善氏が書いている。
「剣豪武蔵はつくり話の虚像であることは、昭和五十年代、国士舘大学剣道師範四、五名が現地熊本にて年月をかけて調査し、その「五輪の書」をはじめ全部、細川藩の祐筆何人かの手で、柳生但馬守と沢庵禅師の指令にて書いたものであることと共に全部偽書であることをつきとめて発表している。」(大菩薩峠側面史p30天心大菩薩会刊行)
宮本武蔵は名人ではないというのが、介山はじめ、本物の武道家の意見であり、常識であり、殆どの優れた武道家は相手にしていない。「五輪の書」...
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2007/10/26 08:48 |
永遠の悟りを今実現せよ
ミケランジェロはレオナルドを軽蔑していた。
ブレイクはルソー、ロック、ニュートンを軽蔑していた。
パスカルはデカルトを軽蔑していた。
ベートーベンはゲーテ、ナポレオンを軽蔑していた。
弘法大師は最澄を退けた。
弁栄聖者が書いている。人間の段階を。
「修羅道格。世に仁義五条は具すれども其性至って傲慢高慢勝他の念強く、また虚栄心も深く、慈悲心なきに非ざるも、只名誉の為に金を投じすべて一切公共事業にも社交にも只憍慢と虚栄の為のみ、只自己の権威とか名誉また位置等に熱望し全く彼...
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2007/10/23 20:46 |
縁より入るものは、永く退失せず
「縁より入る者は、永く退失せじ」(正法眼蔵二巻p114岩波文庫)
此言葉は真理を示している。人は自らの努力が一番力があると錯覚している。努力で人は聖者になったのではない。縁の力の方が遥かに上の力である。キリストの弟子にしてもキリストとの縁の力が働いたのである。その後神学者達が何千年努力してもキリストの弟子にすら及ばないのは縁の力の方が上であるからである。釈迦の弟子にしても同じである。縁とは不思議な神秘の力である。縁は身体を同時代に生まれなければ成立しない。そして直接会うことはその人が獲得したも...
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2007/05/25 06:54 |
日本武尊
天武天皇が三種の神器の一つである草薙剣を熱田神宮に奉納したことは、日本の根幹が此神社にあることを明示している。即ち熱田の大神が国作りの剣の部分を担当していることを示している。思えはみすまる大和を建てる使命は、すべての戦いのカルマを一人で背負うことを希む魂にして初めて可能なことだった。そのような犠牲心は高級霊以外把持することはできない。ヤマトタケルは日本が産んだ偉大な神人である。
では何が偉大なのか。唯の統一者なら織田やナポレオン等いくらでもいるが神人ではない。ジャンヌ・ダルクが神人であったよう...
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2007/03/22 07:52 |
クレオパトラとカエサル
クレオパトラという存在はエジプトの守護神である。事実そのように働かれてゐる。エジプトの危機を何時も助けようと今現在働いている。カエサルも又そのような愛国者だったのかも知れない。カエサルを悪くいうゲルマン系の歴史を教えられてきた日本人は間違った暗示を与えられて来た。
哲学者オルテガは書いている。
「英雄とは、ある一つの観念が、忽然と彼の幻想の中に現われた、空気の粒子よりももっと小さな微粒子が、そのように重くのしかかる堆積物を爆発させてしまうことを希求する人物なのである。惰性の、そして現状維持の...
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2006/12/16 20:47 |
神々の性格と影響
『天地おのづからなる心は得がたきものにて、学びの道にすら、人々の癖のあるものなり。さればこそ大明神(黒住宗忠)も「くせのなきは 天照大御神一神のみ、其外の神達には癖がおはす」と宣られたれ。』(ひのみかげp27)
神々といっても人間である故に其々の個性は殆ど変わっていない。例えば国譲りの時に反逆した建御名方神は反逆の精神が強く信州に影響を与えてきた。共産党が強い地盤であり、革新系の学者が多い土地である。
鹿島さんは武神として香取さんと共に武道を育てたり、水戸藩の国学運動に影響を与えてきたし、平...
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2006/12/16 19:36 |
聖パラマハンサ・ヨガナンダ
「私は、神が私の前に置かれたものは何でも受け入れよう、と決心しました。すると、神はいつもその試練に打ち勝つ方法を教えてくださいました。」(人間の永遠の探求p143ハラマハンサ・ヨガナンダ講演集)
人は生まれた時からすべてが整えられて生まれた。その人に最高の守りの恵みの中に生まれた。そして死ぬ迄その恵みの中に居る。妙法のなかにあらゆる存在は花咲く蓮華である。其のことを絶えす気付き実感として悟るには、そう信じて、そういうものだと信じて、感謝していることが必要なのである。宇宙の妙法が自己を維持してい...
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2006/12/13 21:15 |
進化論の誤謬
進化論は間違っている。それは人間と動物の違いを知らない無智から起った考えである。人間の霊的姿がどのようになっているかが解らないからそんな論がまかり通るのである。人間はどのような構造になっているか。動物とは何か。誰も知らない。宗教でも解らぬから、進化論を認めたり否定したりしているだけである。
人間は動物と何処が違うのか。構造上の問題で其の分析が以下である。
霊という本体は一般的には神の分身分霊といわれている。生命そのものを指すが、霊魂と言う場合は魂が霊と一体化している。魂がその人の個性である。...
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2006/12/06 06:29 |
夢窓国師の教え
夢窓国師が教えでいる。
「心にうかぶ事うちはらひて、なにの念もなきやうにと、ゆだんなく候はば、おのづからお悟りあるべし。道心うすきによりて、心かけ候はぬにつけては、申事もなく候。たとひ目に物を見る時も、心は見る物に執着せず、耳に響きを聞くとも、聞く事に執着せず、心にさまざま念ありとも、二念をつがず。念おこるとも、其念をいろわず、心うごかず。我心もとより主なき法界にて、仏なりと深く信ずるが肝要にて候。」(夢窓国師、女性問答p143釈大眉著)
いろふはいぢること
「何の心なき事は、やすきに似て...
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2006/12/05 07:30 |
三島由紀夫の行動
三島由紀夫は云った。
「ぼくぐらい行動というものにあこがれて自分が行動していない男はいままでない。何もしないで行動行動といっている。そうすると何だろうと思うでしょう。保田與重郎という人はそういう人でしたね。あんなに人に行動を促して、自分は何もしない。何もしないどころか、無行動といったところに腰を据えていて、自分の言説によって人が何万人、何十万人死んでもかまわないのです。あの人の場合は、滅亡の予感を解いたのだから自分には最終的な責任はないというわけで、立派に筋は通っている。しかし、ぼくには変な固...
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2006/12/04 05:16 |
歓喜する円空ー梅原猛著
長い間待たれていた本がやっと出現した。この業績は恐らく不滅であろう。円空研究がやっと決定版を得ることができた。この本の意味は大きい。柞木田龍善氏の「修験木喰」に対して、山岡荘八氏が「今日まで木喰の本は、7,8冊位出版されているが、ほんとうに自分の足で歩き、自分の眼で確めて書いた本は、三冊ほどあったと記憶している。従ってこんどの柞木田君の『修験木喰』は実際に自分の足と、眼で、書きつづった三冊目ということになろう。」と「序にかえて」で述べているように、人の本を寄せ集めて書いている本ばかりの中で、梅原...
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2006/12/04 02:35 |
吉本隆明氏の誠意ある発言
葬式の前を通ったら死人に憑依されたと霊媒気質の人から電話があった。全く知らない人の家の人である。するといきなりその魂が私に話かけてきた。「私は大東亜戦争で人を殺した。味方を殺した。船が沈んでゆくのが見える。マキコはどこえいった、マキコはどこえいった。家に人があつまっているのはなぜだ。」と喚くのである。「あなたが死んで、あなたの葬式をやっているのだから霊界に帰りなさい」と私は説得し帰したが、死んだという自覚が持てたかは分らない。今考えれば此の世も霊界だから、亡魂が迷っているのである。其の話を電話の...
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2006/12/02 00:39 |
リンカーン
リンカーンについてキング牧師が書いている。
『彼は黒人と白人の肉体的相違のことを書いて、白人のほうがすぐれていると思っていることをはっきりとさせた。またときどき彼は、白人が黒人といっしょに生きることはできない、という結論を下している。このことは、この問題解決への唯一の解答が、黒人を移住させること──アフリカへ送り返すか、西インド諸島または他の孤立した場所へ──であるという彼の信念を説明しているのである。
この考え、南北戦争のさなかにさしかかっても、まだ彼のなかにあったのだ。次から次へと代表団...
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2006/11/27 07:23 |
レオナルド・ダヴィンチ
『知性はもはや至上のものではなく、人間はもはや自然の中心ではなくなる。したがって人間は彼の想像の世界から徐々に姿を消してゆく。またたとえ聖アンナや聖ヨハネの姿をとって現われても、彼らはもはや人間ではなく、力と神秘の象徴であり、未知の世界からの使者である。レオナルドはその手記に、「自然は経験の中にいまだかって存在したことのない無限の理法にみちている。」と書いているから、彼にはそういう世界が存在するという資格はあるのだが、しかしそれは経験の徒レオナルド・ダ・ヴインチが探求しなかった世界なのである。』...
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2006/11/27 07:17 |
世界を行動する田中清玄と臘八接心
田中清玄とは如何なる人ぞ。日本史において未経験の敗戦という危機に、その時代を導くために激しい修行に打ち込み終戦の道筋を山本玄峰老師指導の下に、胆力・腹を練っていたのが田中清玄氏である。否自己の探求に打ち込んでいたのである。奇しくも無血開城の立役者・山岡鉄舟が禅を修行をされた三島の竜沢寺であることも不思議な因縁である。禅の力が何時も日本の危機に働いている。学者は役に立たないことは吉田松陰が一番よく知っていた。松陰門下で学者になった人はいないのはそのためである。
敗戦の道筋が整い成功し、昭和天皇陛...
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2006/11/25 09:27 |
勇気ある魂
『われわれは、同じ基本的な勇気か大勢順応かという選択に絶えず直面するからである。われわれは勇敢な行為によって死んだ人々を軽んずることなく、勇気をもって生きた人々の行為を忘れてはならない。しかし、それにもかかわらず、そこに壮大な勝利と悲劇がこめられていることに変わりはない。人は義務をはたさなければならない──個人的結果がどうであろうとも、障害、危険、圧力がどうであろうとも。そして、これこそあらゆる人間道義の根底である。
勇敢になるためには、異常な資質、魔術的方式、時と場所と状況の特別の組合せを必...
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2006/09/23 20:53 |
ケネディ兄弟の勇気
1963年111月23日・朝太平洋上のリレー衛星を使って初めてのテレビ伝送実験が行われた。それを見ていたら最初に放映されたのがケネディの暗殺だった。白黒の画面の時代であった。私は子供だったがその場面をいまだに覚えている。その後ケネディの本は殆ど読んできたが、ケネディについての批判は女性関係だけが根拠がある様に見えるがどこまでが真実かは分らぬ。政治的陰謀が多すぎる世界でケネディつぶしに走るマフィヤ、利権家故にでっち上げられたのが多いが、それ以外は殆どが不勉強から来ている誤解である。特に日本の保守派...
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2006/09/15 18:53 |
平成の立案者・安岡正篤
昭和42年12月6日に私は明徳出版社を尋ねた。17歳の時である。安岡正篤著「東洋思想と人物」等10冊ぐらいを購入した。小林日出夫社長との出会いであった。その後大沢さんもそこで知った。私は始めて五井昌久先生の本に出会った。白光誌に。又延原大川氏の「黒住宗忠」にも出会った。皆明徳出版社から出でいた。一般書店ではまだ殆ど置かれていない時代であった。明徳出版社にちょくちょく遊びに行き安岡先生の会、全国師友協会の大会に毎年出席していた。東京駅の前の日本工業クラブで毎年開かれ自衛隊の音楽隊により「日本の誓い...
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2006/09/07 22:53 |
南無歓喜光仏
有難き又面白き嬉しきと
みきをそのうそ誠成けれ
黒住宗忠の此歌は誠には有難い面白い嬉しきという三つの気がそなわっていると云う歌である。南無歓喜光とは阿弥陀仏の状態の一つである。即ち歓喜の歌が霊波の姿である。歓喜が総ての目的である。人は喜びを求め一生を生きている。総ては喜びを目的としている。肉体的喜びも事実の喜びではある。動物は肉体的喜びのみに生きているが人間もおなじである。人間の営みの殆どが動物性の喜びである。人間が人に進化するには動物性の喜びを捨てなければならない。人に勝つことを目的として...
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2006/09/06 05:06 |
小林秀雄の呪縛を捨てよ
小林秀雄が戦争に対し如何に発言したか。まず満州事変について。
「事変は、日本を見舞った危機ではない。寧ろ歓迎すべき試煉である。僕は非常時といふ言葉の濫用を好まぬ。困難な事態を、試煉と受取るか災難と受取るかが、個人の生活ででも一生の別れ道とならう。」(文学2p37「事変と文学」、小林秀雄著・創元社昭和15年刊)
「事変はいよいよ拡大し、国民の一致団結は少しも乱れない。この団結を支へているのは一体どの様な智慧なのか。それは日本民族の血の無意識な団結といふ様な単純なものではない。長い而もまことに複...
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2006/09/06 03:03 |
詩人・竹内てるよ
竹内てるよという詩人は不思議な存在である。
高村光太郎の弟子で草野心平の友人でもあった。父(23歳)が札幌の銀行員で、花街の半玉(18歳)さんと恋愛関係になり、身ごもって生まれたのである。日露戦争の最中にあって判事(祖父)の息子ともあろうものが何事かといわれ、スキャンダルとして「北海道タイムス」をにぎわした。祖父の命によりお金で別れさせられ、母は石狩川に投身自殺してしまった。
「商売人の女は、判事さんのところの奥さんにはなれないということでした。18歳の母が、どんな、屈辱と恥ずかしさでそれら...
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2006/07/26 10:08 |
内村鑑三の非戦論
内村鑑三の非戦論は何の意味があるのか。
『日露開戦絶対反対を表明し、事破るるや幸徳・堺等と万朝報を連袂退社した鑑三は、開戦とともにその筆鉾を収めた。そして銃後の一国民としての務めにいそしみ、また「もし自分が召集されてこれを忌避したなら、代りの誰かが征って斃れねばならぬ、だから自分は敢然銃をとって起つ」という意味のことをいったのは、今日なら勿論であろうが、当時でも妥協だとか変節だとかいって非難された。』(日本のアウトサイダーp197河上徹太郎著)
戦争反対平和論を言うのは簡単である。誰でもいえ...
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2006/07/22 05:59 |
福沢諭吉は紙幣に相応しきか
『福沢先生は英人横暴の状を見て且つ憤り且つ羨み、何日かは彼れに取って代わるべしと、ひそかに腕を扼したと後に至って書いている。曰く、
「我帝国日本にも幾億万円の貿易を行ふて幾百千艘の軍艦を備へ、日章の旌旗(せいき)を支那印度の海面に飜へして、遠くは西洋の諸港にも出入りし、大に国威を耀(かがや)かすの勢を得たらんには、支那人などを御すること彼の英人の挙動に等しきのみならず、現に其英人をも奴隷の如くに圧倒して其手足を束縛せんものをと、血気の獣心自から禁ずること能はざりき。云々」
と。これは先生が...
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2006/07/19 16:00 |
二宮尊徳
内村鑑三が代表的日本人の一人に入れた二宮尊徳は私に言わせれは世界の代表的人物である。農業を通して国を救った智慧者である。聖者である。その修行の完成は成田山にこもっての断食21日である。
「二十一日満願の日に至りて其の至誠感応志願成就の示現を得たりと云ふ。然れども先生終身此の事を言わず。」(報徳要典p42)
生まれながらの聖者の魂が生涯を村民の感化のために、誠意一本で生きた。そのために修行もした。生命の畏敬を誠に置き換えれば、誠の実践とは聖者のみが出来るのである。農業農政に誠の智慧を使って飢饉...
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2006/07/16 07:53 |
中村天風の段階
『その最期を看取った二人に、天風先生が言われたのが、
「おれが今まで長年教えたことは、みんな忘れろ」ということだった。
東野氏は、四十年間もついてきたのに、それを忘れろと言われたので困ってしまう。すると先生は、これからは藤平のところへ行けとおっしゃったと言う。私は、東野氏にクンバハカをやってみるよう言い、実は間違いであることを教えたのである。
天風先生が、最期に「教えたことを忘れろ」と言って、さらににやりと笑って亡くなられた意味は深い。間違いは、間違いとして、後世に残さないようにさ...
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2006/07/16 04:43 |
エチカの深化・生命の畏敬
シュヴァイツアーは「生命の畏敬」にあらゆる問題を解決する道を発見した。神秘主義の隠遁の道ではなくキリストのように愛の実践者が理想であり英雄だったシュヴァイツアーにとって、生への畏敬は神秘主義と愛の実践を両立させる鍵となった。生への畏敬の故に自ら当然の如くアフリカへ行ったとも言える。生命の畏敬とはそういう力を持つ。それがないのは生への畏敬が足りない故である。従って一般の俗人は生命の畏敬が無い人間とシュヴァイツアーは考えた。戦争での宗教の無力さどころかそれを扇動していたのだから宗教にも生命の畏敬が無...
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2006/07/14 08:14 |
吉田松陰の至誠(姿勢)
次の詩は吉田松陰の本物の弟子高杉晋作にして始めて知る、松陰の偉大なる魂の力を吐露表現している。
『 真箇関西志士魁
真箇関西志士のさきがけ
英風鼓舞我邦来
英風我が邦を鼓舞し来る
霊魂可識多遺憾
霊魂しるべし遺憾多きを
猛気猶餘十八回
猛気なお余す十八回
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2006/07/05 04:34 |
シュヴアイツアーの悟り
『博士が若い自分から机の前にかかげたフランス語の詩が、いまも紙が黄色になったまま、博士の書斎の壁にはってある。
もっと高く、いつも、もっと高く
お前の努力の目標にむかい
お前の夢と願いを高くせよ!
もっと高く、いつも、もっと高く
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2006/06/30 03:05 |
イエスとキング牧師の使命
『キリストのもっとも美しいことばは、「我が意の儘にとはあらず御意のままに」であるように、私には思えます。』
(ロマン・ロラン全集29戦時の日記p350)
このイエスの祈りは
「父よ御旨ならば、此の酒杯を我より取り去りたまへ、されど我が意にあらすして御意の成らんことを願ふ」(ルカ伝22-43)
であるが、此の酒杯を我より取り去りたまへ、という祈りが只命を助け給えなどという願いであるという解釈で納得しているキリスト者が殆どであるとは情けない。ではどういう意味なのであろうか? イエスはまだ多く...
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2006/06/28 03:18 |